「過疎地域の弁護活動-気仙沼から」
「過疎地域の弁護活動-気仙沼から」
※季刊刑事弁護65号に掲載されたものです。「名月の清さ識り得ず 只唸り 人の血を吸う 藪蚊で 哀憐れ」
これは,私の事務所に飾られた絵手紙,故平沢貞通が支援者に宛てたものに添えられた,短歌である。
この絵手紙は「名月の清さ」と題する細長い手紙で,仙台拘置所発・昭和43年8月21日付けのものであるから,昭和30年の死刑判決確定から既に10年以上が経過した時点で描かれたものだ。
「描かれた」というのは,短歌に詠まれたように,手紙には一面の藪と清らかに光る名月が描かれているのである。
絵の具が用いられ,また雅号「光彩」の後には篆刻の押捺もあり,平沢死刑囚の待遇もいろいろと考えることが出来る。
たまたま,この気仙沼に来られた画商から購入したもので,私の事務所に来られる法曹関係者にも,見てもらうようにしている。
夜,一人この絵を見ると,なんとも陰鬱なような,そして痛々しい呪いの気持が迫り,また,それらを諦観した静かさも感じ,一方,私も刑事弁護への情熱というよりも,権力の不気味さ,強大さの前になんとなく静かになるような,とりとめのない説明だが,そんなないまぜな気持にさせられる。
宮城県の最北東部に位置する気仙沼市は人口約7万4000人,隣の南三陸町(人口約1万7000人)と合わせ,仙台地方裁判所気仙沼支部・気仙沼簡易裁判所が管轄している。弁護士は私を含めて3人である(この原稿が掲載されるころには,もう1名増える予定。)。
管内には警察署が2か所あり,気仙沼署は当事務所から徒歩で10分もかからないが,南三陸署は車で1時間程度は要する。太平洋に面し降雪量は少ない地域ではある。
被疑者国選制度の実施以降,刑事事件の受任数は相当なものであり,この1年ほどは,常時10件前後を抱え,特にこの夏ころは15件程度・うち3件は否認事件となかなかの負担であった。気仙沼も昨年の夏は大変に暑く,風通しの全くない,古い接見室での数名連続の接見はかなり苦しいものだった。
もちろん依頼者にとっては,ほとんどの場合,弁護人はたった一人の弁護人である。ただ,刑事弁護人のなり手という点から見ると,私がもと所属していた大阪弁護士会では,私は無数の中の一弁護士だった。
だが,当地では逮捕される事案は全件報道され,それによれば半分くらいは私が受任していることになるのだからなお責任は重いものがあり,奮闘を続けている。
昨年に特に意欲的に取り組んでよかったな,と思うのが勾留に対する準抗告の申立てである。
住居不定でない限り申立てる方向で検討して,昨年の11月までに10数件の申立てをすることができ,4件ほどの勾留却下決定を得ることができた。
自分では成果と思うのだが,それは「コンパクトシティ気仙沼」という地域事情が大きいと思う。
当地は住居地域が極端に密集しており,また他の過疎地方同様,各家庭に車があるから,依頼者側との打ち合わせを即座に,頻繁に入れやすいのである。
夕方から夜に当番弁護・被疑者国選初回接見を行い,その後に親族宅に電話して,翌朝早くに来初してもらい打ち合わせ,再度の接見をして申立書を清書・午前中に提出する,ということが何度もあった(そして,当地裁判所職員が本庁に書面をもっていくと夕方となる。)。私は刑事の待機日というのがなく,捜査段階の刑事をある日受任したとなると,あらかじめ組まれたスケジュールの枠の中で初回接見や親族との打ち合わせをしなければならないのだが,通常業務時間前に,来初をお願いしやすい地域環境は,大変,刑事弁護の初動に向いていると思う。
駆け足ながら,当地の刑事弁護の実情,機動性などの面では都市部より力を出しやすい点もある,冒頭の絵手紙も手に入ったりする,そんな過疎地域のおもしろさを紹介した次第です。
2013年05月11日