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「年男の出勤風景」

「年男の出勤風景」

※三陸新報社のリレーエッセイ(平成25年1月8日)に掲載されたものです。

なるべく歩いて出勤するようにしている。その日,出張や出廷で車を使うことがなければ,という条件なので限られているが。

自宅から昨年末に建てた新事務所までは徒歩で15分くらいである。それまでの仮設事務所(スーツハウスサイシンさんの裏)までは20分くらいだった。

健康のためということもあるが,歩いていると,特に考えているわけでもなかったのに,取り組んでいる懸案とか,あるいは意識にもなかったような用件について,突然に考えが表われてくることがある。

もっとも,何かのひらめきがすぐ事件の解決に繋がる,ということはほとんどない。そもそも思いつきにとらわれるのは危うい。

私がいいと思う考え方は,依頼者から見て,また相手方から見て,あるいは証人から見て,事実の経過はどのように見えているのかを,文字通りその立場に立って考えること,特に大事なのは「彼の主張を前提に当時,その場にいたとして,そうすれば当然なされたはずの行動・あるはずの証拠はどういうものか」,それと実際になされていない・存しない現状をどう考えるか,いくつ気づくか,しつこく考えるというものである。

私は今年で36歳になる弁護士歴10年目の男で,同い年の妻と,子供3人,そして妻の両親との7人で生活している。

気仙沼に来て開業したのが平成19年4月だから6年目で,震災を挟んだものの,幸いにも自宅の修理も既に終わり,日常生活自体は落ち着きを取り戻している。この間に,旧気仙沼ひまわり基金法律事務所の任期5年(当初3年を延長)を終え,事務所体制はそのまま定着を決め,弁護士人生を当地で全うすることを決めた次第。

私は,受任事件について主張や対応を何か考えつくことが嬉しく,そのことばかり考えているのが実情である。受任した事件について,依頼者との打合せは一般の水準より相当回数をする方だと思う。依頼者とのすぐ会えること,関係者の話しを聞きに行きやすいこと,現場を見に行きやすいことは,事件解決を有利に進めるにあたって,他地域の弁護士と比して大きなアドバンテージと思っている。

ただ,依頼者にとって人生の一大事だと重々承知しているが,私が同じように驚いている訳にもいかない。私の日々は人から見れば,自宅と事務所の往復で,しかも事件処理に殆どの関心が向いているとなると,生活が単調になりがちなきらいがある。

弁護活動はやはり情熱が大事であって,あまりに淡々と生活していると,事務処理に終始するようで怖い。

何だか気分が乗らない,昨年秋のある日の朝,鏡で見た自分のもみあげが,左右で長さも違い,しかも一方が頬骨に付こうとするほど長くなっていることに気づいた。いや,しばらく前から気づいていたのだが,この日はどうも気になった。

妻に頼んで両方とも短く,長さを揃えて切ってもらったところ,思いのほかすっきりし,それで自分の気持ちも晴れ晴れしていることに気づいた。

池波正太郎の随筆で「一椀の熱い味噌汁を口にしたとき「うまい!」と感じるだけで,生き甲斐を覚えることもある。」とあるが,ちょっとしたことでも気分を新たにして仕事に向かえることもあるのだなと思い,その日は少し早足で事務所へと向かった。

2013年05月11日

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